カナダのコンピュータサイエンス大学院のススメ

Towaki Takikawa
Jul 13, 2020
マギル大学

前書き:こんにちは、@yongyuanxiです。この記事は過去に自分が書いた記事の和訳となります。元々はウォータールー大学のクラスメイト向けに書いた記事だったのですが、あまりカナダ大学院に関して言及する日本語の記事が無いので日本の読者向けに(自分のとてつもなく弱い日本語力で)和訳してみました。他にもウォータールー大学の紹介記事等も書いているので、興味あればどうぞ!

はじめに

就職をするために就職に強いウォータールー大学に来た当時大学二年生の僕にとって、大学院進学は現実世界から目を背けたい変な人間がするものだと思っていました。高校時代は学校にもいかずにロボコンに精を出し、大学時代は講義にもいかずに自動運転車開発をしていた僕は、卒業後はエンジニアとして社会的なインパクトのある製品開発がしたいと考えていました。そのため二年生当時は自動運転車業界でのインターンシップを見つけるために躍起になっていて”大学なんかどうでもいいから早く卒業して働きたい!”と考えていました。授業も、専攻(コンピュータサイエンス)はそっちのけに機械情報工学学部の確率ロボティクス自動運転等の授業を教授をだまくらかして取っていました

そんな経験に乏しい大学二年生を拾ってくれたのがNVIDIA社の自動運転開発部門でした。NVIDIAは並列処理に特化した計算機を開発している会社で、本来は主にビデオゲーム向けのプロセッサを作っていました。2009年頃に深層学習における並列処理が台頭してきたあたりを堺に、ゲームに限らない汎用並列処理計算機の開発企業として様々な業界に進出するようになりました。ゲームと新しいもの好きな自分にとって、これ以上無いくらいの夢のような職場でした。

NVIDIA本社

実際の仕事では社内の自動運転プラットフォーム向けのハードウェア・アーキテクチャ構築やC++開発などをしていました。仕事自体はとても楽しく、充実した毎日を送っていました。ただ、仕事をしていく中、自動運転技術のコアであるコンピュータビジョン技術等は本当に自動運転を可能にする程の力があり、さらにそれをデプロイするのが実際に可能なのか等といった疑問を抱き始め、そういった問いに答えを出せるほどの専門性が無い自分にもどかしさを感じ始めました。

そういった経歴から、研究をしてみたいと思うようになりました。それは研究自体に興味があるというよりも、研究をする事でエンジニアとしての能力が深まるのでは無いか、という魂胆でした。その後社内の研究者に掛け合い、トロントの研究所からオファーを貰うことが出来ました。いざ研究をはじめてみると楽しいもので、社内の研究者達と交流を重ねる中、大学院進学とは研究者としての道を歩む場合に限らず、自分のキャリアにとても役立つ事なのでは無いかと思い始めました。

そんなこんなで研究や大学院について学ぶ中、従来の自分の大学院に対する理解はあまり深いものではないと気づきました。というわけで、自分のようなナイーヴな学生やナイーヴじゃなくともカナダの大学院について知りたい方たち向けに大学院や研究に関する都市伝説について語っていきたいと思います。

University of Waterloo

都市伝説#1:大学院は学費が高い

”海外修士”と聞くと、真っ先に高い学費を思い浮かべる人が多いのではないのかと思います。これはアメリカのMaster's Programに関しては事実ですが、カナダの状況は大きく違います。カナダのResearch-basedのCS修士・博士課程の多くはFully-fundedで、RA/TAなどを通して生活費・学費等が大学側から支払われます。カナダでの大学院は、修士・博士関係なく学費を払って授業を取る学生というよりも、お金を貰って研究をする大学の従業員、といった側面が強いです。マギル大学のECE PhD課程等は、そもそも授業を取らなくとも卒業出来たりします。

逆にカナダのCoursework-basedの修士はFundingが保証されてない場合が多く、キャリア志向のProfessional Programである場合が多いです。Research-basedの修士課程は企業就職を助けるよりも次世代の若い研究者達を訓練するために存在しています。そのため、Research-basedの学生は研究をし、論文を書き、学会でプレゼンし、そして卒業論文を書く事を要求されます。Research-basedのプログラムでは授業はオマケなのに対し、Coursework-basedでは逆に研究がオマケな場合が多いです。

こういった理由から、カナダのResearch-basedの修士課程は”Mini PhD”と呼ばれたりします。二年間お給料を貰いながら研究をして、卒業後はラボが気に入ったならそのまま続けてPhDに進んでも良し、他の大学のPhDに出願しても良し、はたまた研究があまり好きではないと感じたならば就職しても良し、と柔軟に進路を決める事が出来ます。こういった面でカナダの大学院システムは5,6年間のPhDにフルコミットする必要が無い分魅力的だと思います。学部卒業後すぐにPhDに進む米国と比べて、カナダのPhDは修士でお試し出来る分卒業率も高く、必要年数も少なめです。

あともう一つカナダ国内でもあまり知られていない事実ですが、カナダでも学部卒業後、即PhDに進む事が出来ます。僕は学部時代に研究をお試しする事が出来たのでダイレクトにPhDに進む事にしました。

以下が僕がカナダ国籍を持っていない海外学生として貰った大学ごとのオファー額になります。

いくつか内訳を書くと、

  • マギル大学・MILAからは年37000カナダドルが保証されるMcGill Engineering Doctorate Awardを貰いました。
  • ウォータールー大学からは年17500カナダドルをボーナスとして保証されるDavid R. Cheriton Graduate ScholarshipとInternational Master's Award of Excellenceを貰いました。
  • トロント大学はRA/TAによって合計35507カナダドルほど保証されています。
  • ブリティッシュコロンビア大学は〜20000カナダドルほどしか保証されませんが、多くの学生が他の大学に比べると給料が高めのTAポジションで追加で稼ぐようです。

個人的には、金銭的な面で見るとトロント大学とマギル大学が保証されている、という面で魅力的だと思いました。合計額(学費差し引き後)はトロント大学の方が微妙に高いですが、モントリオールの方が家賃が安いのでバランスが上手く取れていると思います。

アメリカの大学院と比べると、この保証されているFundingは大きな魅力だと思います。アメリカのPhD学生の多くはプロジェクトベースのグラントなどにスポンサーされているので、外部からの奨学金(船井財団など)が無い場合は研究における自由度が大きく狭まります。Fundingが保証されていないと、教授とのパワーバランスが偏ってしまうのでアカデミアにおけるパワハラセクハラ不祥事研究結果の詐称なども起きやすくなってしまうと思われます。カナダはある程度、学生の経済的なステータスが保証されてる分、エンパワメントが存在します。

そういう意味で、アメリカの大学院に受ける場合はカナダと比べて外部奨学金が大きなアドバンテージになります。僕の場合は11月頃に大学院出願をギリギリに決めたので外部奨学金に一切出願しませんでしたが、無事、合格を貰うことが出来ました。

University of Alberta

都市伝説#2:大学院生は貧困に苦しむ

PhD学生が基本的に貧乏なのは事実ですが、コンピュータ・サイエンス学生は戦略的に行動すれば必ずしも貧乏生活を強いられるわけではないです。もちろん、普通にシリコンバレーでソフトウェアエンジニアとして働けば軽く五倍以上稼げる上、保証されてるFundingは生活費をギリギリ工面できるくらいの微々たる物です。ただ、Guaranteed FundingはMinimumなので底上げすることは可能です!

1.奨学金、フェローシップ

多くの大学では、Fundingを底上げする事ができる奨学金やフェローシップなどがあります。カナダでは、 NSERCVanier Canada Graduate ScholarshipsOntario Graduate Scholarshipsなどがあります。大学毎にも色々な奨学金があるので調べてみると良いと思います。

他にもコンピュータ・サイエンスの学生向けに、ハイテク企業がスポンサーするフェローシップなどが存在します。例として、Google Fellowship (全学費), Facebook Fellowship (全学費+年42000ドル), Adobe Fellowship (10000ドル), NVIDIA Fellowship (50000ドル), Microsoft Fellowship (全学費+42000ドル), Ada Lovelace Fellowship (全学費+42000ドル), IBM Fellowship (年35000ドル)などが存在します。これらのフェローシップは魅力的ですが、とてつもなく競争が激しいです。

2.インターンシップ

コンピュータ・サイエンスのPhD学生としてのインターンシップはとても給料が高いです。米国の企業研究所でのインターンシップは、多くて月10000ドル程度稼げます。三、四ヶ月働けば30000、40000ドルくらい稼ぐ事が出来るのでFundingを実質倍増できます。

ただこの辺は、研究分野の経済に大きく左右され、指導教官によってはあまりインターンシップを好ましく思わない方もいるので事前調査をしておいた方が良いと思われます。加えると、最近はコロナウイルスなどの影響で米国のビサや経済が怪しいので少し気をつけた方が良いです。カナダでもインターンシップをする事は出来ますがカナダのPhD学生としての就労ビサはとても面倒くさい(大学毎にルールが微妙に違う)ので志望大学と事前に掛け合った方が良いと思われます。

3.社会人PhD

これは日本のいわゆる社会人博士と似ているシステムで、企業で研究者またはエンジニアとして働きながらPhD学生としても働くことを指します。カナダはアメリカと比べると教授と企業の連携に対する制約が少ないので、企業と大学両方に所属している教授・学生が比較的多いです。

自分の観測上ではGoogle, Facebook, SideFX, NVIDIA, Uber, Ubisoft, Borealis.ai, Element.ai, Autodesk等などの企業で学生がこのような体系で働いているのを見ます。 Montreal Insitute of Learning Algorithms (MILA)などでは施設内にこういった企業研究所が多く存在するので、社会人PhD学生が沢山います。

勿論社会人PhDは良いことずくめというわけでは無く、NDAや企業のプライオリティなどに翻弄される場合があり、アカデミア本来の自由度が失われる事も多いです。Ben Recht, David Forsyth, Alexei Efrosらによる社会人PhDの批評が面白いので参考になるかもしれません。

MILA

都市伝説#3:大学院に入るためには高い成績が必要

元々の記事では大学院に入るための戦略などを書きましたが、カナダ学生向けなので日本からの学生だとあまり参考にならないかと思います。入学要件はカナダとアメリカであまり変わらないので、すでに存在する数多の素晴らしいブログ記事を参考にすると良いとおもいます!

日本の学部からアメリカのコンピューターサイエンス博士課程に出願する

アラサー社会人、退職してアメリカ情報系大学院PhDを目指す

University of British Columbia

都市伝説#4:知名度やランキング等で大学院を選ぶべき

大学院は研究をする場所なので、大学の全体的な知名度はあまり重要では無いです。特にアメリカ・カナダ国内で研究職に就く場合は、大学院の知名度よりも指導教官の知名度の方が大きなインパクトを残します。知名度の高い教授は大きな人脈を持っているので、その指導教官の元で研究することでそのコネを引き継ぐ事が出来ます。一般社会の思う”名門大学”は、多くの場合特定分野の研究者の思う”名門大学”とは大きくかけ離れています。特に一般的なランキング等は一切参考にならないと思います。

個人的に唯一参考しているランキングはcsrankings.comで、分野毎のトップ学会での論文数で大学がランキングされています。論文数は必ずしも良い計量ではありませんが、大学院生としては論文をトップ学会に通さないと卒業できないのである程度戦略的で強かである必要があります。

ただ、このランキングにもいくつかの問題点はあります:

1.フルタイムの教授のみなので企業などと兼任している教授はリストに乗らない場合がある。

2.CS学部のみなので電電や機械工学等で関連する研究(CSトップ学会に出る研究)をしている教授は乗らない場合がある。

3.知名度の低い学校ほど教授リストが不正確。

4.論文数でランキングしているので、論文の数が多い・論文を比較的出しやすい分野(機械学習等)にかなりのバイアスがかかっている。

5.このランキングに載っているトップ学会が、必ずしも個人の研究分野におけるトップ学会であるとは限らない。

もちろん、最終的な選択は地域、天候、政治環境、大学文化、食生活など必ずしも研究には関係ない色々な要素を検討して決めた方がいいと思います。物理的にもメンタル的にも健康的でないと研究もロクに出来ません。

どの分野で研究したいかまだ完全に決めていない場合は、総合的に強い、知名度の高い大学に行くのもある意味最適解かとも思います。ただ、個人的にはPhD学生として特定の分野に強い興味がないまま進学するのはリスクが高いのではないかとも思います。付け加えると、カナダでは教授がダイレクトに学生をアクセプトする事が多いので後ほど指導教官を変えるのはかなり面倒・難しかったりします。

Vector Institute

最後に

カナダはとても研究をするのにいい環境です!コロナウイルスでビサ等が危険に晒さられてる今こそ、カナダを選択枠に入れるべきだと思います。他にも触れてほしかったトピックや間違い等がありましたらいつでも連絡してください!個人的な相談などにも乗るのでいつでも気軽にどうぞ😌

Also, special thanks to Ivana Kajić and Steven Feng for their inputs on the article!

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